薩摩藩士として生まれ、戊辰戦争や西南戦争で軍功を重ねた軍人。明治政府では海軍の要職を歴任して海軍大臣となり、日清戦争前後には海軍大将にのぼった。日清戦争の講和後には初代台湾総督に任じられ、新たに領有した台湾の統治にあたった。第一議会では政府擁護の立場から強硬な演説を行い、これが「蛮勇演説」と呼ばれて藩閥政府と民党の対立を象徴する一幕として語り継がれた。1922年に没した。