未到
九条道家
くじょうみちいえ
kujo michiie
略歴
鎌倉前期の公家で、名摂政と謳われた九条兼実の孫にあたる。摂政・関白・太政大臣を歴任して朝廷の頂点に立ち、幕府とも協調して権勢を誇った。源氏将軍が三代で絶えたのち、我が子の頼経が幼くして鎌倉に迎えられて摂家将軍となったため、道家は将軍の実父として朝廷と幕府の双方に大きな影響力を及ぼした。京都に東福寺を創建し、奈良の東大寺・興福寺に並ぶ大寺を目指してその名を採ったと伝わる。しかし後年、幕府内の政変に連座して失脚し、栄華の絶頂から一転して不遇のうちに世を去った。
未到