伊勢桑名藩の藩主で、会津藩主・松平容保の実弟にあたる。兄とともに佐幕の立場を貫き、京都所司代として京都守護職の兄を支え、将軍後見の一橋慶喜と合わせて「一会桑」と呼ばれる幕末京都の政治体制の一角を担った。戊辰戦争では新政府軍に抗して各地を転戦し、兄弟そろって最後まで幕府への忠誠を貫いた。維新後は赦されて明治を生きた。