未到
毛利敬親
もうりたかちか
mori takachika
略歴
長州藩十三代藩主で、幕末長州が討幕勢力の中心へと躍り出る時代の当主。家臣が政策を献じるたびに「そうせい(そうせよ)」と応じたと伝わることから「そうせい侯」と呼ばれ、凡庸との評もある一方、有能な人材を見抜いて藩政を大胆に委ねた度量の主とも評価される。村田清風の藩政改革を支え、吉田松陰の松下村塾から育った志士や、後に藩を率いる俊英たちを重用して、藩論を尊王攘夷から討幕へと導く土壌を整えた。禁門の変や四国艦隊下関砲撃、二度の長州征討という存亡の危機を乗り越え、薩長同盟を経て倒幕へと突き進む長州の旗頭であり続けた。明治維新を見届けたのち、版籍奉還を経て世を去り、その治世は近代日本を生んだ長州の躍進そのものと重なっている。
未到