肥前佐賀藩の第11代にして最後の藩主。名君と謳われた父・鍋島直正(閑叟)の跡を継ぎ、戊辰戦争では官軍として従軍した。維新後はイギリスへ留学し、イタリア公使や式部長官などを歴任して華族の重鎮となった。父が築いた佐賀藩の近代化の遺産を背景に、明治国家の要職を務めた。