肥前佐賀藩の藩主で、幕末期に藩政改革と西洋技術の導入に力を注いだ名君として知られる。財政を立て直すとともに、日本で最初期の反射炉を築いて大砲の鋳造に成功し、洋式軍備や科学技術の受容を進めたことから「蘭癖」とも評された。その先進性を背景に佐賀藩は雄藩の一角を占め、維新後は多くの人材を輩出した。維新後は明治政府に加わり、開拓長官などを務めた。近代日本の技術導入の先駆者の一人に数えられる。