未到
小栗忠順
おぐりただまさ
oguri tadamasa
略歴
幕末幕府の屋台骨を支えた実務派の旗本で、勘定奉行などを歴任した俊才。万延元年の遣米使節に加わって渡米し、日本人として近代国家アメリカの国力と技術を間近に見て帰った。帰国後はその見聞をもとに、フランスの協力を得て横須賀に本格的な造船所(製鉄所)を建設し、幕府陸海軍の洋式化、通貨・財政の改革など、幕府を近代的国家へと作り替える大規模な改革を次々に推し進めた。徳川の海軍と工廠を整えた手腕は際立っていたが、その先進性ゆえに立場も鮮明で、大政奉還後の恭順論のなかでも徹底抗戦を説いたと伝わる。維新後、領地に退いていたところを新政府軍に捕えられ、十分な取り調べもないまま斬首された。近代日本の礎を築きながら時代に葬られた悲運の能吏として、後年その功績が高く評価されている。
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