肥前佐賀藩士として藩政に携わり、維新後は新政府の要職を歴任した政治家。初代文部卿として1872年に学制を公布し、全国に近代的な学校制度を敷く礎を築いた。その後も司法卿として司法制度の整備に努め、元老院議長・枢密院議長といった重職を務めた。江藤新平・大隈重信・副島種臣らと並ぶ佐賀出身の逸材の一人として、明治国家の制度形成に貢献した。