未到
大山巌
おおやまいわお
oyama iwao
略歴
薩摩藩士の家に生まれ、大久保利通の従弟にあたる軍人。幕末には砲術を学んで戊辰戦争に従軍し、会津戦争などで活躍した。維新後はヨーロッパに留学して普仏戦争を実地に見聞し、帰国後は近代陸軍の建設に尽力した。日清戦争では第二軍司令官として旅順攻略を指揮し、日露戦争では満州軍総司令官として全軍を統率、奉天会戦を勝利に導いた。決断はすべて参謀長児玉源太郎に委ねる度量の大きさで知られ、その泰然とした将器は「昼行灯」とも評されつつ将兵に慕われた。のちに元帥陸軍大将に列し、明治天皇の信任も厚かった。西郷隆盛や大山との薩摩人脈のなかで、日本の軍事的近代化を象徴する存在となった。
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