未到
西園寺公望
さいおんじきんもち
saionji kinmochi
略歴
名門公家の家に生まれながら、幕末には戊辰戦争で山陰道鎮撫総督を務めて官軍を率い、維新後はフランスに約十年留学して自由主義と立憲思想を身につけた異色の政治家。帰国後は東洋自由新聞社長などを経て官界に入り、伊藤博文に近い立場で立憲政友会の総裁を継ぎ、第12代・第14代の内閣総理大臣を務めた。桂太郎と交互に政権を担った「桂園時代」を築いたことで知られる。首相退任後は元老として、大正から昭和にかけて後継首相の奏薦にあたり、政党政治と国際協調を重んじる立場から軍部の台頭に抵抗し続けた。最後の元老として昭和期まで隠然たる影響力を保ったが、二・二六事件では自らも狙われ、軍国主義の奔流を押しとどめられぬまま、1940年、太平洋戦争開戦の前年に九十一歳で世を去った。西園寺公望の死は、日本が破局へ突き進む時代の一つの区切りとなった。
未到