幕末の公家で、内大臣。維新の元勲として名高い三条実美の父にあたる。孝明天皇の側近として朝廷で重きをなし、日米修好通商条約の勅許問題では、無勅許の調印に反対する攘夷派公家の中心となって幕府と対立した。しかし井伊直弼による安政の大獄の弾圧を受けて失脚・出家を余儀なくされ、失意のうちに1859年に世を去った。その尊皇攘夷の志は子の実美へと受け継がれた。