戦国期の下野出身の武将で、堅固な山城として名高い唐沢山城の城主。関東へ再三侵攻する越後の上杉謙信の攻撃をたびたび受けながら、要害の地の利を生かして幾度も撃退したと伝わり、その回数は十度に及んだともいわれる。上杉と北条・武田の狭間で去就を変えつつ家名を保ったが、1574年に没した。