未到
島津斉彬
しまづなりあきら
shimazu nariakira
略歴
薩摩藩第十一代藩主で、幕末の名君として知られ、松平春嶽・伊達宗城・山内容堂とともに「四賢侯」に数えられる。若くして西洋の学問と技術に強い関心を抱き、藩主となると鹿児島に集成館と呼ばれる工場群を築いて反射炉・造船・紡績・ガラス製造など洋式の殖産興業を推進し、日本の近代工業の先駆けとなった。また身分にとらわれず人材を見抜き、下級藩士だった西郷隆盛や大久保利通を登用して、のちの明治維新を担う逸材を育てた。将軍継嗣問題では一橋慶喜を推し、公武合体による国政改革を志したが、その途上の安政五年(1858)、兵を率いての上洛を準備する最中に急死した。その早すぎる死は薩摩のみならず幕末政局にとって大きな損失であったと惜しまれている。
未到