未到
品川弥二郎
しながわやじろう
shinagawa yajiro
略歴
長州藩士から明治の官僚政治家へと歩んだ人物。吉田松陰の松下村塾に学び、幕末には尊王攘夷運動に身を投じた。戊辰戦争では官軍の士気を鼓舞するため、新政府軍が江戸へ進軍する際の行進曲として大村益次郎の意を受けて作詞に関わり、「宮さん宮さん」の歌い出しで知られる「トコトンヤレ節(宮さん宮さん)」を生ませたと伝わる。維新後はドイツ公使などを経て内政に転じ、農商務大臣・内務大臣を歴任した。信用組合や産業組合の育成に力を注ぐ一方、内務大臣として臨んだ明治25年の総選挙では民党を抑えるため激しい選挙干渉を主導し、多数の死傷者を出す事態を招いて辞職に追い込まれた。実務に通じた官僚型の維新志士として、その功罪の両面が語られる。
未到