長州藩の政務役として藩政を主導した重臣。改革派の中心となって藩の財政と行政を立て直し、吉田松陰門下の若い人材を大胆に登用して、藩論を尊王攘夷へと結集させた。長州が幕末政局の主役に躍り出る道筋を政治の面から支えたが、急進策が続いて挫折を重ねるなか、禁門の変の敗北とその後の藩内対立に責めを負い、自刃して果てた。長州の攘夷路線を築きながら、その激動に殉じた実務派の指導者である。