甲斐の武将で、武田信玄の弟。武田二十四将の一人に数えられ、兄を補佐する副将として武田家を支えた。人望篤く思慮深い人柄で、家中からは理想の武将像として仰がれたと伝わる。1561年の第四次川中島合戦において、乱戦の中で兄信玄をかばうように奮戦し、討ち死にした。その死は信玄にとっても大きな痛手であった。