土佐藩士として生まれ、幕末には尊王の志士として活動し、戊辰戦争では板垣退助に従って各地を転戦した。維新後は陸軍に入り、西南戦争では熊本鎮台の司令長官として熊本城に籠城し、薩軍の猛攻を数十日にわたって耐え抜いてこれを守り切り、政府軍勝利の重要な足がかりを築いた。のちに農商務大臣を務めたが、条約改正問題では政府案に強く反対して辞職するなど、硬骨の人としても知られた。晩年は貴族院議員として活動し、1911年に没した。