未到
督姫
とくひめ
tokuhime
略歴
徳川家康の次女で、母は側室の西郡局。戦国大名の政略のなかを生きた姫である。天正十年頃、家康と北条氏との同盟の証として小田原の北条氏直に嫁いだが、天正十八年の豊臣秀吉による小田原征伐で北条氏が滅び、夫氏直も高野山へ送られて翌年に病没したため、若くして寡婦となった。その後、秀吉の計らいで池田輝政の継室となり、播磨姫路五十二万石の大名夫人として多くの子を産み、池田家繁栄の礎を築いた。晩年は良正院と号し、慶長二十年に没した。父家康の娘として二つの大名家に嫁ぎ、戦国から徳川の世への移り変わりをその身で映した女性である。
未到