未到
山田顕義
やまだあきよし
yamada akiyoshi
略歴
長州藩出身の軍人・政治家で、近代日本の司法制度を築いた人物。吉田松陰の松下村塾に学んだ最年少級の門下生の一人で、戊辰戦争では若くして官軍の指揮官として各地を転戦し、その用兵の巧みさから大村益次郎に「用兵の妙、神の如し」と評されたと伝わる。維新後は軍人として西南戦争を戦う一方、次第に法制の整備へと軸足を移し、初代の司法大臣に就任。フランス人法学者ボアソナードを招いて民法・商法など近代法典の編纂を精力的に主導した。また国学や法学の教育にも情熱を注ぎ、日本大学や国学院大学の前身となる学校の創立に深く関わった。「法典伯」とも呼ばれた明治法制の父だが、憲法発布の直後、48歳の若さで急逝した。
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