未到
山内容堂
やまうちようどう
yamauchi yodo
略歴
土佐藩の第十五代藩主で、幕末に活躍した四賢侯の一人に数えられる大名。傍系から藩主に迎えられ、藩政改革に手腕を振るう一方、酒と漢詩をこよなく愛し、自ら「鯨海酔侯」と号したことで知られる豪放磊落な人物であった。開明的でありながら徳川家への恩義を重んじる立場から、公武合体を志向し、幕府と朝廷の融和に努めた。時に安政の大獄で隠居謹慎を余儀なくされたが、その後も政局に影響を及ぼし続けた。とりわけ後藤象二郎を通じて坂本龍馬らの構想を容れ、将軍徳川慶喜に大政奉還を建白したことは、政権を平和裏に朝廷へ返上させる大きな契機となった。しかし新政府の場では、徳川家の処遇をめぐり岩倉具視や薩摩勢と対立し、次第に影響力を失っていった。維新後まもなく病を得て、明治五年に没した。
未到