肥後熊本藩士。尊皇攘夷を信条とする剣客で、「幕末四大人斬り」の一人に数えられる。1864年、開国論を説いた思想家・佐久間象山を京都で白昼に斬殺したことで知られる。その電光石火の抜刀の技は伝説的に語り継がれた。維新後もかたくなに攘夷の志を捨てず、時代の変化を受け入れない過激な言動が新政府に危険視され、1872年に処刑された。信念に殉じた孤高の刺客として、その名は後世の物語にもしばしば取り上げられる。