『日本外史』で知られる儒学者頼山陽の三男で、自身も学識をもって京都で活動した志士。尊王攘夷を唱えて公家や諸藩の志士と交わり、朝廷を軸とした政治変革を志す運動の一翼を担った。しかし大老井伊直弼による尊攘派弾圧の嵐に巻き込まれ、安政の大獄で捕えられて江戸へ送られ、吉田松陰らとともに処刑された。父ゆずりの気概を胸に国事に殉じた、幕末草創期の犠牲者の一人である。